ASH22に落ちた話とJSH2022の準備をしている話

最近の身の上話を備忘録的に書いていく。

2022年9月30日の朝にASHから不採用のメールがきた。

3年前の同じくらいの時期に採択の通知メールがきた。その時は急性期の市中病院でたくさんの患者を見ながらの通知で舞い上がったし、今回も舞い上がりたい気持ちがとても強かった。

しかも、その1週間くらい前に後輩に不採用の通知が来たと聞いていたので、採用されているのではないかという期待が大きくなっていた。3年前はまず不採用者にメールが来て、その後に採用者にメールが来る流れだったからだ。でも今年は先輩が採用されており、その通知メールが同じ日時であったことからおそらく同時の通知メール送信になったのであろう。その方がイベント性もあるしいいと思う。

実はちょっと長いスパンの計画から始まった研究であり、その話を記しておこうと思う。

計画は今年の2月くらいに思いついた。臨床研究論文をASHを経て書く、というものだった。

まずは大学病院の50例くらいを使って、今年の4月に抄録の締め切りがあった日本血液学会に演題を提出した。テーマはほぼ同じコホートを使った少し切り口の違う研究2つだった。教授からこれらをパイロットスタディとして大学関連施設6施設から症例を集める多施設共同研究を計画する許可をもらった。我々の教授は若いということもあってか僕らの提案には厳しい目を持ちながらであるが寛容である。見習いたいものだ。同期とはちゃん呼びしている。

多施設での臨床研究を実施するのは今回が2回目であり、結局症例のデータは自分で集めるのが早いと痛感していたので、今回もそのつもりであった。しかしおそらく300弱の症例になるので一人で集めるのは大変だし、集計時の計算のミスの危険性もある。ということで同じコホートで違う角度の研究を同時にできるというメリットつきで一緒に研究をする人を探した。ありがたく、後輩のI君が手を上げてくれた。大学院1年目で、臨床研究の経験はないが、そんなことはどうでもいいくらい、優秀で人当たりが良い後輩である。逆に彼に僕と研究してよかったと思ってもらえるよう意識しなければ、と焦った。気がする。とりあえずスピード感を持って、具体的に前に物事を進めていくということを意識した。つまり相談されたことはできるだけ早く返し、具体的な改善点を添えるようにした。スピード感を持ってってなんだか政治家みたいだ。

理想の先輩ないしは上司像、というのが今の僕にはある。自分の興味あること(今で言うと研究)を現役でたくさんしていて、一緒にするとなればとりあえず前に進めてくれる人、である。昔臨床研究のさわりを教えてくれた先生や今の教授がモデルであるが、僕はとてもそういう接し方をしてもらってとても得をしたし、みんなに得をしてもらいたいと思って心がけている。間話。

I君と一緒に研究するとなってからはコソコソ相談→教授にお伺い→実施→コソコソ相談→教授にお伺い→実施、という感じで計画立案、各施設へのお願いの手紙、倫理委員会、データ採取などを進めていった。そして7月くらいには3施設から症例が既に集まり、そのコホートで8月に締め切りがあるASHへ提出した。

100例くらいのコホートで、2つの項目を使って中央値のOSが8ヶ月と26ヶ月の2群に分けれる、というような研究とした。実はその2つは機械学習を使ってOSの期間の予測寄与が高いものを検索して選んだ。機械学習については2021年の秋にプログラミングから勉強し始めたもので、どこにつながるかはまだわからないが、気合を入れればある程度のことはできる、ところまでできるようになったと思う。ちなみに今年の日本血液学会(JSH2022)では機械学習を使用した演題は5題程度であり、世間での流行り方や、その有用性を考えるとまだ血液内科では先取りできているのではないかと思っている。

そんなこんなでASHへ提出したくらいに日本血液学会に出した演題がoralとposterで採択となったという通知が来た。今までならスライド作成などは直近まで手をかけないが、今回は3月くらいからの計画ということもあってか9月の中旬にはある程度完成させた。最近研究カンファも先に先に準備できるようになった。人は30過ぎても成長できるのだなと実感している。

ポスターの方はバラバラのスライドをA4に印刷し、現地で貼ろうと思っていたところ、教授から「おそらくその形式の人は20人に1人くらいやし、惨めで胸がキュッとしてしまうと思うからお勧めしない」と言われ変更した。しかし作ってみるとなかなかいい感じのものができた。

個人的にはこのグラフィカルサマリ(そんな言葉があるか知らないが)が気に入っている。

これらの研究は残り施設から症例データを集めて論文にする予定である。実は大学院生を対象とした論文賞と海外学会発表賞があって、残りの大学院生生活で頑張ってみたいなと思っている。遊ぶ金欲しさである。

この計画はベッド持ちの大学院2年生の年度末に作ったものである。その時分は基礎研究の実験とベッドの仕事でややパンク状態であり、とてもしんどかった。思い出すと動悸がする、気がする。そんなしんどい時に、未来に楽しみを作ることで心の平安を保とうとして作ったものであるのだ。大学の症例をパイロットスタディとして日本血液学会へ提出し、それをもとに他施設共同研究にして症例100以上で有意差が出れば採択されるという噂のASHに出して、パンデミックがどうなっているかわからないがアメリカへ行って、という楽しみを作ることで乗り越えようとして作った計画だったのである。結局ASHの採択はなかったが、この4月からのベッドフリー期間にメリハリをつけて生活することができた。メリハリというか楽しみか。

結局ASHでの採択はなかったが、I君との相談は楽しいし、研究を完成させる楽しみもできた。さらに僕は研究することが好きなのかなと改めて感じることができている。あの時、しんどい時にあえてやることを増やしてまで楽しみをとる、と踏ん張った過去の自分を褒めてあげようと思う。

あ、buck to the future 超えた。パームスプリング

今日は8月12日、時間は午前0時30分。

8月11日は休日で(海の日? )、奥さんが仕事だったので娘(1歳7ヶ月)と一日遊び倒していました。

朝から近くの神社の小川で遊んで勢いそのままその辺を歩き回り、シャワーで水遊びをして、昼寝をさせて、起きてからは奥さんを一緒に絵本を読んだりアンパンマンの動画を見ながら待って、奥さんが帰ってきてからはuberでインドカレーを頼み、ビールを飲み、奥さんと娘が寝てからさて、片付けでもするか、でもちょっとやる気出ないなーなんて思ってたまたま観た映画がこれです。

https://palm-springs-movie.com/

パームスプリングス、名前の由来は舞台の地名みたいです。アメリカみたいです。

新婦の友達の彼氏として結婚式に招待された男が同じ1日を繰り返すループにはまっており、そのループに影のある女性が巻き込まれる話です。

最初はいわゆるよくあるループものと思っていましたが、途中からヒロインが物理学を勉強して本気で帰ろうとしてきたあたりで本当に面白い映画認定、させてもらいました。

最近流行りの本当に有能なのは女性説を力説するような話です。医者の世界でも女性の方が、あとは50歳以下の方が担当患者の予後がいいとかいう報告があったりして、実は男である僕はなかなかまごついてますが、世界的には当たり前なのでしょうか。

確かに腕力は男が明らかに強いですが、これからAIが幅を効かせると、腕力ないしは気力が必要な仕事は少なくなりそうですし、女性の生理学的強みである共感能力の高さや責任感の強さなどがより際立ち、もともとそのあたりが弱い男性はこのままだと本当に役立たず、ないしはただの精子製造機になってしまいそうです。日本では、少なくとも僕の近くではまだ役職などからみると女性の割合が少ないですが、最近機械学習などを勉強していると、AIの凄さを実感しますし、その辺りの人間らしさが仕事として残るのだろうなとヒシヒシと感じるところです。

話は映画に戻します。パールスプリングス。

軸としては巷に溢れるドラえもん最終話って感じです。つまりドラえもんがある日突然壊れてそれをのび太が勉強しまくって治す、みたいな。感動する。やっぱり努力が感動には必要なんではないでしょうか。友情、努力、勝利。愛なんていらないんです。いや、やっぱり愛はいるか、ラブストーリーやし。

あと空気感も良かったです。作中ずっとビール飲んでいる感じが本当によかった。やってられない現実にはビール、間違いない。

最近現実がやってられなくないのでちょっとビールの量が減っている僕です。充実ってやつです。リア充かもしれません。

うぇーい

本当はこの更新してない間に読んだ本は結構あって備忘したいのですが、それを差し置いて、なんならまだ洗いもんとかしてないけど、この映画を見た後のこの感動は忘れてはいけない、そんな衝動がこの更新をさせていました。

あと、主人公の彼女が序盤にガッツリ浮気をしていて、結婚式に呼ばれて男女が結ばれるストーリーに無理がない感は最近感、つまりできるだけ傷つく人を少なくしようという感、が出ているし安心できるなと思いました。

なんしか良かったです。

久しぶりに出します。

ぐらしあす。

ハクション大魔王に出てくるあくびちゃんって今思うと新しい概念やな。あくびしたらなんか起きるって他で聞いたことないい。くしゃみは噂と関係してるとかあるけど。

喜嶋先生の静かな世界

を読んだ。

正直感動した。

内容はパソコンが世に出たくらいに大学生になったアスペ男子が研究にはまっていく話を通して研究とは素晴らしいものであるということを訴えてくるもの。

大学までの勉強は誰かが知っていることを知っていくものだが、大学から始まる研究とは誰も知らないことを誰かに知らせることである。

テーマは与えられるものから徐々に自分から見つけにいくものとなる。

研究には王道しかない。それは論理的に事実を積み重ねていくことである。

そのような内容がアスペ男子目線で語られる。控えめな短い文章で表現されたそれらはとても心地よいものであった。

僕も研究の山に登り始めた一人として、研究について真摯に語っているこの本がとても好きになった。多分今しか刺さらない本だろう。

どうやら森博嗣の自伝的小説らしい。奥さんの名前が小説も森博嗣のも星の名前だそうだ。

僕もある程度アスペ男子みたいだが、最近そうなのだな、と思うところと、いや、アスペが抜けてきているかもしれないぞ、と思うところがある。

昔、奥さんに

「全然あくびがうつらないね」

と怒られたことがある。

確かにあくびがうつるということは知っていたが、それは事実としてで、自分もそのような行動がある。と認識していなかった。

例えば反射は大脳を通さない体の動きです。熱いものを触った時に手を引っ込めるでしょう?と言われたら確かにそうだな、あの時ああなるのはそういうことかと思っていた。

しかしあくびはうつるものだ、その空間の酸素が薄いからです。とか、昔人間が集団で生活していた時に安全な時にみんなで一気に寝た方がよかったからです。とか言われてそうか、そういうこともあるもんやな、としか思っていなかった。僕もあくびしてしまうな、とは思わなかった。

奥さんに指摘されて、その協調性のなさをあらためて恥ずかしく感じて、それからはできるだけみんながあくびをした時にこっそり自分もあくびを意図的にするようにした。

その甲斐あって最近は意図しなくても、誰かのあくびを見ると自分もあくびをしたくなる。

なんなら誰もあくびをしてなくてもあくびができる。

土曜日のおっさん

誰がやねん

一気読みしてしまった小説。

内容は独身の中年が息子持ちの女性と結婚するところから始まる。

その結婚する中年が語り手で、なんとかいい父親になろうと気を使いながら息子と接していく。いつか親父と言ってくれるのだろうか。とか言いながら。

それまで全く結婚など考えていなかった中年は結婚を機に誰かと一緒に生活していくこと、自分以外を大事にするという行為があることに実感を持って気づいていく。

しかし息子はなかなか本音を見せてくれない、中学生なので当たり前だがそれにしても不気味なくらいいい息子であり、それは全て演技ではないかと思うほどであった。しかし虐められていた過去を持つ息子に腫れ物を扱うようになってしまうのをなんとかうまく誤魔化す中年。いや、誤魔化せているか悩む中年。

マイホームを買い、3人で住み始めようとするがその街では数年前に中学生が毒物による同級生無差別殺人事件が起きたことで有名だった。しかもその中学生がそろそろ出所するというらしい。

引越し後、その殺人中学生が息子に影響を与えている気がする。というよりその完璧に近い息子の挙動がやはり演技ではないかという思いが徐々に強くなる。そしてその裏に殺人中学生があるのではないかと考え、そして確信となる。

そして殺人中学生は(今は20歳くらいだが)出所しており、ラストシーンで中年の前に現れる。

人生に意味はない、実は簡単に終わらすことができる。それを証明したい。

そんな甘ったるい終末観の殺人中学生とそれに影響された息子に中年がそんなことはないと必死にかっこ悪く否定する、最後は息子も中年の想いをわかってくれる。

ラストシーンでは毒薬が少ない確率で入っているラムネを食べまくるシーンがあったり割にエキサイティングなストーリーで一気に読んでしまった。

いや、ストーリーとしてはあるあるかもかな。この世は実は自分が認識しているだけで簡単に終わらせることができる。そんな哲学的な考えに踊ってしまう若者が無茶するけどおっさんがそんな簡単じゃないよ!と否定するストーリー。

多分僕が一気に読んでしまったのはこの中年が結婚することで気がつき出した、誰かと一緒に生きていくことの難しさと、さらに子供が加わった時の立ち位置のわからなさに悶えていたところが描写されていて、その悶え方が妙にリアルで、妙に自分と重なったからだと思う。

子供はわからないから実は怖いかもしれない、というテーマがこの本に多分ある。

でもそれは子供だけなのか?

人は人を理解することはできない、それは自分も含めてだって加治さんが言ってた。

分かってるけど、他人に分かってもらいたかったり他人を分かりたかったりする。

最近時間ができたので進路など未来のことをよく考える。ついでに自分以外の人のことについて考えるようになった。

奥さん、子供、後輩、同期、たまに先輩、ボス。

みんな違う、でもみんな幸せになってほしいと心から思う。けどやっぱり自分が幸せになりたい。だって他人の幸せを真に理解することはできないはずやし、それやったらちょっとでも分かりやすい自分の幸せから考える。それが始まりな気がしている。他人を想えば想うほど自分を大事にしなければいけないなと思う。まずはそこからなんかなと。

話はそれたけど、明日直明けにまずビールを飲む。話はそこからだと思う。

寝れないってことはホラーだったのか?

このブログはある時に今まで読んだり観たりした物語を全く忘れていて、でもそれがとても大切であった気がしたという体験から備忘録的に色々触れたものを書いていこうというスタイルとなっている。

きっかけはこの4月から時間が空いたし久しぶりに本でも読んでみるかと思い立ち、人気の本をインターネッツで検索していたところ、砂漠がヒットし、ポチろうとした時です。

「いや本屋で買うか、本屋好きやし」

と思い直してポチらずに近いうちに本屋へいこうと心に決めたのです。

しかしその翌日くらいに奥さんから

「私も本読もかな、なんかお薦めして」

とリクエストをもらったので久しぶりに自分の本棚を見たらなんと砂漠があるではありませんか。

そうです。インターネッツではなんとあらすじまで見て、面白そうだなと思ったのに実は読んでいたのです。そしてポチらずに済んだ。

結局内容や読後感を全く思い出せずに今に至るのですが、とてももったいないお化けやな、ということでこのブログを再開したのです。

の、はずが溜まってしまった。

溜まるということはすなわち触れた物語や考え方から時間が経っており、忘れてしまい始めているということなのです。

溜まるとかくとザ○メンみたいです。

すみません。

とりあえずこれ。

同期にお薦めされた本。

「読んだ後になんやこれって眠られへんかったし読んでみて」

とのこと。

一穂ミチのスモールワールズ。

これは自分用のブログなのでネタバレお構いなしに書いていきます。

6つの短編小説で、それぞれは同じ世界で、全ての物語で淡い絶望感のある空気があるって感じです。

最初のネオンテトラは子供が欲しくい主婦が結局は子供(正確には姪)に子供を産ませる話、不妊というぬめりとした題材で若干サイコテイストの始まり。

次の魔王のきかんは弟がでかい姉に振り回せれて、ヤリマンの濡れ衣を着た女の子とくっつきそうになるが、実は姉の夫がALS(多分)で離婚を告げられていて、最後には勇気を出していくって話になってちょっと希望が湧くストーリー。

ほいでその次のピクニックは変に被害的な考えになってしまったり、変わらない夫にイライラしたりと赤ちゃんを育てる母親のリアルなしんどさの描写から、事故で祖母が赤ちゃんを死なせてしまう。その加害者のしんどさとか信じたいしんどさを乗り越えて立ち直る話、で終わらず、実は祖母が殺していたし、その娘も妹を殺している。ただ記憶を無くしているので立ち直っている、というオチ。ちゃんちゃん、ってなるかぁ。

この辺から淡々としたストーリー展開と登場人物の悲劇の乖離が混乱を招くシステムだなと、面白い書き方をする人だなと。

花うたは全編手紙で進みます。兄を殺された妹と殺した加害者。おそらく加害者は境界性知的障害をモデルにしていると思われる。素直であるが先のことを考えられない感じ。最初はひらがなで途中から漢字になり、賢くなった感が出ていて、面白いなと思っていたところが途中からまたひらがなになってそれも頭打ったかなんかでなるほど字を書くのは高次機能か、とか思っていたら最後にはその二人が結婚。境界性知的障害の男の健気な描写がユースケサンタマリアのアルジャーノンの花束に少しかぶります。あの主人公がハルでなんだか親近感が湧いていたのを思い出すのでありました。
次は人生を諦めている男に疎遠であった娘が性転換をする前に会いにくるという話。なんて日だ!

最後は虐待などの家庭環境が悪い二人の話。

といった感じで社会的弱者や妊婦や不妊みたいな残酷な現実にはっきりしない絶望がさらに上乗せされるテイストの短編集でした。

扱っているテーマは僕らが突然陥りうる環境であり、知らん間に陥っている人たちがある環境であり、一歩間違えたらと思わすそのシステムはホラーかも。

一穂だけに、、、、

いっぽね

そういえば赤いバケツの話とカッパの話が被る

岡田くんが主演の燃えよ剣を観た。アマプラで観た。

https://moeyoken-movie.com/ →燃えよ剣製作委員会HP

序盤の岡田くんの猫背でフラフラしながらの歩き方とか、鈴木亮平のとし、の言い方とか、最初の方のまぐわい祭り(名前忘れた)とかがかなりリアルに感じた。

司馬遼太郎が頭に描いた燃えよ剣ではないかと思わすような映画だった。

燃えよ剣の土方像、新撰組を強くするために2番手で悪役になることも構わず徹する。そして実ははっきりしていないがなんとなく僕らがイメージしている武士道に命を文字通りかける土方像。

厨二魂を揺さぶられたのを思い出します。この一つのことに2番手として心血を注ぐスタイルにかなり憧れた時代が僕にあった気がします。

いつ読んだかがはっきりしませんが、銀魂の武士道のイメージの源流なはずで、そのころに読んだ気がするので、、、、そうなると高校生くらいか。確かに厨二魂がギンギンだった気がします。

この燃えよ剣の土方のように2番手して組織を強くすることに頑張りたいといううっすらとした憧れを持っていた期間が長かった気がします。なんならこれを観るまでそうなんだろうなを思っていましたが、観た後というか観てる最中から終盤の死に場所を探すあたりからちょっと違うなと思っている自分がいました。

組織を強くするならSDGsではないですが、サステナビリティが重要性を占める割合が大きいので、斬新なアイディアや強靭な精神力でいったん時流に乗れても継続性がなければ組織としてはやっぱり弱いんではないかと思うのです。となるとそうなる教育であったり人材を獲得する教育を含めたシステムを考えるのが大事ではないかと思うのです。

あと、新撰組のドラマでは三谷幸喜の大河の新撰組!も好きでした。沖田総司役の藤原竜也や、土方役の山本耕史がかなりハマり役であった気がします。

いつか見直したいドラマの一つです。

今回の燃えよ剣の沖田総司役の山田涼介はいい役者ですね。いわゆる沖田感が司馬遼太郎に造られた沖田感がしっかりありました。

そういえば山田涼介は古畑任三郎の子供古畑もやっていましたし、三谷幸喜が好きなんですかね?

いや、燃えよ剣に三谷幸喜は関係ありませんでしたね、、、

でも源さんのカッパの話をいつも聞けないのと、赤いバケツの話をいつも聞けない件に似てますし、やっぱり三谷幸喜感を感じてしまってもいいですよね?

んー、、、、、ちゃんまんでした。。

暗幕のゲルニカを読んだらワンピースのセリフが出てきた

原田マハの暗幕のゲルニカを読んだ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/331752/  ←新潮社HP

原田マハはたゆたえども沈まず、を読んでから楽園のカンヴァスを読んでこれが3つ目だ。

実は絵を描くのが好きだったことやなんとなく自分が芸術はだであるという勘違いもあって原田マハにはかなりツボをつかれている。

歴史にフィクションを載せてめちゃおもエンターテイメントだった。

ピカソが描いたゲルニカを題材に、ピカソがまさにゲルニカを描いた時代を背景にして9.11で夫を亡くしたキュレーターである主人公がピカソの戦争展を成功させたいと思っている話。

キュレーターって原田マハの小説で覚えた職業。

ゲルニカが第二次世界大戦あたりのファシストによる民間人虐殺に対する作品ではなく、人類の戦争及び虐殺に対する作品であるという設定のもと、主人公が亡き夫の為に、平和の為に気合を入れるという話。

受け継がれる意志、時代の流れ、人の夢、それらは止めることができない、人々が自由という答えを求める限りそれらは決して止まることはできないのだ!

うろ覚えだがワンピースのセリフ。海賊王ゴールド・ロジャーのセリフだった気がします。今ではゴール・D・ロジャーっていうの?終盤にかけてこのセリフが本当にリフレインでした。

時代を行き来したストーリー展開もあってまさにこれだなと思いました。

ワンピースで個人的に好きなセリフは「一番自由なやつが海賊王だ」です。僕も海賊王を目指しています。

最近の日常をツイートしたりブログに書いたりしているけど、この本はツイートするかブログにするか悩んだけど140字には収まらない熱があった。

熱い。

正確には暗幕のゲルニカを読み終えたら海賊王の言葉が胸に刻まれていたことに気がついた。

ライティングについて学ぶという営み、パラグラフの概念をブルーバックスから

先日、”論理が伝わる世界標準の「書く技術」”を読みました。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000194754   ←講談社bookクラブHP

倉島保美という方が日本では馴染みがない、ライティングという学問についてパラグラフの書き方を中心に論じている本です。実は書く技術は欧米ではライティングとして大学で体系的に学ぶものだそうです。やはり色んな人種や国籍の人たち同士がわかりあうために論理的な伝え方、というのが日本に比べて必要なのでしょうか。僕は現在大学院生で臨床研究と基礎研究の両方している身ですが、卒業後も(卒業できるかは置いといて)何かしらの研究活動を続けたいと思っていますし、その為には研究内容をわかりやすく他人、できれば世界に伝える必要があるとヒシヒシと感じています。今まで教授を始め、色んな人の助けを借りて論文3編、国際学会発表1回、国内学会発表3回と経験してきていますが論文執筆や発表の独自のメソッドはなく、いつも行き当たりばったりでした。今後自力でもやらなければいけないとなると体系的に書く技術の必要性も感じていたところに丁度本書と出会ったのです。

今回は内容を備忘録的な意味も込めてまとめてみます。今回の内容は徹底的に伝わりやすさ、を重視しています。全編において読者は読むことによって初めて内容を知ることができる、という基本に立ち返っています。3部制で1部で学ぶ意味、2部で具体的な書き方、3部で例題といった構成でした。今回は主に2部を取り上げます。2部は7つのテーマでパラグラフの書き方を説明していますが、内容的に大きく3つに分けてみました。1つ目は「1つのパラグラフでは1つのトピックについて書く」、「パラグラフは要約文から始める」といったパラグラフの働きや役割について、そして2つ目は「パラグラフを接続する」、「総論のパラグラフを最初に作る」などの文章全体におけるパラグラフの役割、さらに3つ目としては「補足情報で補強する」、「パラグラフを揃えて表現する」、「既知から未知の流れでつなぐ」のようなパラグラフ具体的な書き方です。それぞれのテーマについて具体的に例題もありつつ説明されており、わかりやすかったです。が、例題についてはかったるさもあって今回はチャレンジしませんでした。上の順番は実際の順番とは違いますが個人的な理解のしやすい順に改変しています。以下にそれぞれの説明をしていきます。よろしくお願いします。

まず、1つのパラグラフでは1つのトピックについてのみ書いています。これはそこはかとなく知ってはいたが、改めて文字にされると実は一番重要ではないかと思っています。このルールについては文章を読むにあたって、読者側としても認識しておかなければいけない点です。1つのパラグラフに1つのトピックについてのみ記載している、と理解している読者はパラグラフに1つのトピックがあると思って読んでいるので(当たり前ですが、、)トピックが2つ以上になってしまうとその時点でうまく文章が追えなくなってしまいます。このパラグラフにおいてもパラグラフ繋がりでパラグアイのことについて書いてしまうと変ですよね。(なんなら繋がっていない。)

そしてパラグラフはその1つのトピックについての要約文で始めるものとされています。1つのパラグラフに1つのトピックなので最初にこのパラグラフで説明するトピックについての要約文で始めることによって、読者に「ああ、このパラグラフはこのトピックについて書くんだな」と最初に思わせることができます。最後に要約文を持ってくる手法もありますがそれは文学的であったり、ミステリーであったり、発表であったりのやり方です。最後に持ってきていいのは最後まで聞いてくれると決まっている時だけです。文章においてはどの時点でも終わらせれても伝わるように書くのが大事です。

ということは要約文をつなげることで、その文章全体がわかります。1つのパラグラフでは1つのトピックについてしか書かないし、そのトピックの要約はパラグラフの最初にあるはずなので、パラグラフの最初の要約文のみ集めて読めばその文章のだいたいの内容は理解できるはずです。いや、理解できるようにパラグラフを組み立てることが必要です。

文章全体をわかりやすくするためのパラグラフの繋げ方としては引き継ぎ型と展開型の二つがあります。引き継ぎ型は縦につなげるパターンです。パラグラフ内で新しく出た内容を次のパラグラフで説明していきます。展開型は先に幾つかの内容を羅列し、その後それぞれのパラグラフで説明していくパターンです。この二つのパターンのどちらかにすることでスムーズに論理が形成されていきます。

引き継ぎ型イメージ
展開型イメージ

そして文章全体についての総論のパラグラフを最初に作るとさらにわかりやすいです。総論を最初に書くことによってその文章全体についてのイメージを読者に作ることができます。なんなら読者はその場で読むのをやめても内容は伝わっているという寸法です。さらに書く側としても総論を書いてその内容をトピック毎にパラグラフに書いていけばいいので書きやすくもなるというお得感があります。

一方でパラグラフ内の内容を充実させることも必要であります。一般的にパラグラフは4−8行の文で形成されるのが望ましいとされています。トピックの文だけ書いてちょろっと補足して2行でおしまい、は許されません。そうならないための具体的な方法として3つヒントがあります。それはwhat、why、howです。whatでまずそのトピックの意味を説明します。どういう意味なのかをわかりやすく説明するのです。そしてその次にwhyでなぜ、そのトピックは正しいのかを説明します。対立項目との比較など使って具体的に説明するとなおよしです。さらにhowでそのトピックがどれだけ重要かを説明します。具体的なデータなどを使うとエクセレントです。僕はこの3つのヒントでかなり文章が書けるようになった気がします。(まだ具体的には書いてませんが、、、、書いてないんかーい)

そして充実した内容は書き方を揃えることによってさらに伝わりやすくなります。例えば肉の文章で豚と牛と鳥についてそれぞれのメリットを説明するパラグラフを書くとします。豚と牛について値段、質感、味について説明して鳥では値段、質感、味に加えて食べやすさについて説明したとすると、豚と牛についての食べやすさは?となります。このように比較するときなどはなおさら書き方について揃えるとわかりやすくなります。それ以外についても基本的に先ほどの3つのヒント(what、why、how)に沿って書くとわかりやすいと思います。

書き方をそろえるのと同じように情報の出し方も揃えた方がいいです。具体的には既知から未知の流れで繋げると良いです。出し方としては3つあります。引き継ぎ型、展開型、統一型です。引き継ぎ型と展開型はパラグラフの繋げ方と同じです。統一型は最初にAと出してから、Aについては●です。Aはさらに▲です。Aはそんでもって□です。のように後からたくさん説明していくパターンです。ここについては読者はやはり知らないことをいきなりいっぱい言われるより、知っていることが徐々に増える方がわかりやすい、という読者目線を忘れないというのが重要なことなのかなと思いました。

以上、それぞれパラグラフとして書いてみました。今回の文章がわかりやすかったらこの本を読んだ意味がありますし、あまりわかりにくかっても本自体はわかりやすいのでおすすめです。

最後に僕が気に入ったあとがきからの引用です。なぜ日本の大学で文章の書き方を指導しないのですかと聞かれた時の著者の回答です。理由は2つだそうです。1つはコミュニケーションを重視しない文化だから、農耕民族なのでコミュニケーションが密でなくても食にありつけたのだからではないだろうか。2つ目は正しい書き方を指導されると困る方が少なからずいるから、実は大学で指導する立場でも正しく書けていない人が多いので書き方の指導ができない、もしくはすると困るということです。

理由はともかくサイエンスの本場が欧米な限り、彼らが大事にしているライティングについて知っておくのは必要なのかなと思います。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い、やたら流行ったけど、星のようにいなくなった。

この前、ものすごくうるさくて、ありえないほど近いを観た。

アマプラで終了間近に観た。

https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=3436/   ←ワーナーブラザーズの特設サイト

9.11で死んだ父の遺品の出自をアスペルガーの少年が探す話。

人間はいろんなことを失いながら、いろんな思いを抱えながら生きていることに気が付く話。

親ってやっぱり子供のことを想ってるんだってなる話。

題名はおそらく自閉症の子供にとっての世界かなって話。

話。といえば長井秀和。

公開が2011年で9.11って大きなイベントだったと改めて感じる。日本で言うと東日本大震災か。

いきなりいっぱいの人が理由なく死ぬのって大変なことだなとおもう。ブラッドダイアモンドの時も思ったな。

あと、最近娘をみて思うのは子供が親から理由なく愛されるのではなくて親が子供から理由なく愛されるのではないのかって思う。

もちろん子供は可愛いけど、それは好きな奥さんの子供やし、普通に可愛いっていう理由がやっぱりある。でも子供からしたら僕はよく一緒にいる人。

ザイオンス効果、いわゆる会う頻度が高ければ好意を抱くというあれではないのでなかろうか。

こっちが好きな相手にそんな効果による好意をもらってずるい気もするが、それに応えられるように可愛がってやろうとおもう。

なんか散文感が否めないが今日はここまで。

ブラックダイアモンド、紛争、暴力、グロ、レオナルド・デカプリオ、あぁ?

ブラックダイアモンドを見ました。

アマプラでもうすぐ見れなくなるというので。

2007年の映画、僕はちょうど18歳、浪人生だったあたりでしょうか。

でも観たいなー、というのを思っていた記憶が強いので大学一年生だったのかもしれません。いや、計算すると浪人生でした。だから観ていなかったのか。(知らん)

https://eiga.com/movie/33912/  ←映画.comのブラッド・ダイアモンドのページ

ダイアモンドの利権をめぐって紛争の真っ只中を奔走するアフリカ系白人のレオナルドデカプリオの話。

正直グロい、というか死が近くにありすぎる。

ちょっとした衝突シーンで数十人が派手に死にます。銃でそこらへんの人が弾け飛びます。虐殺もあります。洗脳もあります。

平和ボケした僕の頭にはちょっと刺激が強かったかもしれないです。いや、もしかしたらこの15年でそのような直接的な暴力シーンに晒される機会が社会から減っているのかもしれません。

このレオナルドデカプリオ、普通に悪いやつでダイアモンドのために銃を売ったり、銃を撃ったり、銃で打ったりします。

そして口癖が語尾にあぁ?

すごく輩感があります。それこそ最初の方はなんとなくレオナルドデカプリオとして観ていたので慣れませんが途中から何故か僕の口癖もあぁ?になるほど自然となっていました。

筋書きとしては

現地の3人の子供を持つ男が反政府勢力に捕まり、奴隷として働かされている最中に馬鹿でかいダイアモンドを発掘する。

こっそり地面に埋めたが、いろいろあってそこから遠いところに連れていかれる。

ひょんなことからデカプリオに目をつけられ紛争地帯を二人で埋めた馬鹿でかいダイアモンドを回収しにいく。

途中でジャーナリストの女とデカプリオがやらしい雰囲気になる。

ジャーナリストと現地の男によってデカプリオの心がクリアになる、ダイアモンドだけに。

っていう感じ。

なんとなく手塚治のアドルフに告ぐを思い出しました。全然違うけど自分だけが知ってる秘密を死が近い世界でうまく使うためにもがく、みたいなところが似ている気がします。

仕事柄、死は近いです。

でも基本的に受け入れる経過を辿っていることが多く、周りも受け入れる準備をした上での死なので不条理に死が存在する状況ってしんどいだろうな、根本から違うのだろうなと改めて感じます。

SDGsとの関連で取り上げられたりしてるみたいですね。

いいポスターです。

ブラッド・ダイヤモンド
https://mihocinema.com/blood-diamond-37637 より拝借

そういえば出てくる人はみんなムキムキでした。

パワー! 

https://www.instagram.com/nakayama_kinnikun/?hl=ja   ←なかやまきんに君のインスタ